神鳥の卵 第4話


気持よく熟睡し、いつも通りの時間に眼を覚ましたスザクは、現在大混乱中だった。
あまりにも混乱していて、今はまだ夢の中なんじゃないだろうか?と思わず現実逃避してしまうぐらい混乱していた。
非常に幸せな夢を何度か見て、あまりにも幸せすぎて、自分より少し体温は低いが、ふわふわと暖かく小さな幸せを抱きしめて眠った。
そこまではしっかりと覚えている。
忘れるはずがない。
そして今。
目を開いた視界には、柔らかそうな黒髪がしっかりくっきり映しだされていた。
スヤスヤと眠る小さな寝息も聞こえ、スザクはそっと視線をずらした。
寝る前も、寝ている間も、そして今も両腕で抱きしめている存在。
自分の腕を枕代わりに眠る黒髪の赤ん坊が間違いなくそこに居た。
ふにふにとした触り心地のいい白い肌に、やわらかな黒髪。赤ん坊だというのに睫毛は長く、何度見てもこの赤ん坊はルルーシュの面影を色濃く残していた。
その赤ん坊は、安心しきった表情で眠ってはいるが、その小さな手はぎゅっとスザクの服を握りしめている。

「・・・夢じゃ、ない?」

・・・・・

ええええええ!?

自分でつぶやいた言葉でようやく現実を理解し、思わず声を上げそうになった。
これだけ驚きながら、声を上げなかったことを褒めて欲しい。
え?なんで?あれは夢じゃなくて現実だった!?
じゃあ夢の中でルルーシュに会ったのも、あれは夢じゃなくて、Cの世界!?
うわあぁぁぁ!?
こんな小さな子と一緒に寝るなんて、寝返りうって潰したらどうするんだよ僕!!
何考えてたんだ僕!
僕の馬鹿!!
いやいや、それよりこれルルーシュだよね?そっくりさんじゃないよね!?
背中になんか羽根が生えてるけど、ルルーシュ以外ないよね?
それともルルーシュに会いたいという僕の願いが形になった!?
いいや、これはルルーシュだ。
ルルーシュに決まってる。
もうルルーシュってことでいいよ!
それよりも、どうしたらいいんだろう?と、オロオロとベッドに横になりながら1時間ほど混乱した後、ふとルルーシュ(仮)が手にしたシャツをもぐもぐと口に入れていることに気がついた。

「うわあぁぁ!?だ、駄目だよルルーシュ、食べ物じゃないよっ」

慌てて布を口から引っ張りだすと、その途端におとなしく眠っていた子がぐずりだした。

「ぁぅ~ぅ~」
「あぁぁぁっ、ご、ごめんルルーシュ、ごめんね」

ど、どうしよう。
慌てて起き上がり、泣くのを我慢しながら口元をもぐもぐさせているルルーシュを抱きしめ、揺り動かしながら僕は途方に暮れた。
この子がルルーシュかどうかは別にして、どうしたらいいんだろう。

「しゅぁぅ~」

うるうると目に涙をためたルルーシュ(仮)に舌っ足らずな言葉で名前を呼ばれ、スザクは一瞬でこのルルーシュ(仮)に落ちた。
うう、可愛すぎるよ君。
そんなに食べたいのシャツを。
まあこのシャツ、昨日洗濯されたものを着たから、汚くないよね?仕方ないよね?と、ルルーシュの口元に食べていいよ?というように引っ張った。
すると、ルルーシュ(仮)はスザクが差し出したシャツと、スザクの手とスザクの顔をキョロキョロと忙しなく見た後、スザクの手をその小さな両手で掴んだ。
そして。
ぱくり。
スザクの人差し指を口に入れた。

「いたっっ!」

指を口に入れる=噛まれる=痛い。
アーサーにさんざん噛まれたことで思わず条件反射的に叫んでしまい、ルルーシュ(仮)は指を口に加えたままビクリと身体を震わせ、しばらく硬直した後、またうるうると両眼に涙を貯め始めた。
ま、まずい。
それでなくても大混乱してるのに、ここで泣かれるのは精神的に色々まずい。

「痛くない、痛くないよ、ごめんね驚かせて」

そういうと「騙したなスザク!大体噛んでないんだから、痛くないのは当然だろう!」と言いたげに目を吊り上げ、まさに怒っていますという表情のままスザクの指に吸い付いた。両眼をつぶり、弱い力でちゅうちゅうと必死に吸うその姿を見て、ようやくスザクの脳は情況を理解した。

「もしかして君、お腹すいてる?」

すると、その両目を開き「当たり前だろう!」と文句をいうように「ぅ~ぁ~」と、スザクの指をしゃぶりながら言った。

「そうだった。こんな小さな子は頻繁にミルクをあげなきゃいけないんだった!ごめんねルルーシュ!」

お腹ペコペコだよね!
必死に謝るその姿に「分ればいいんだ」というように、偉そうな表情でちゅうちゅうとスザクの指を吸い続けた。

「じゃあミルクがいるね、ああ、おむつもか」

ようやくルルーシュ(仮)を現実の存在だと受け入れることが出来たのか、スザクは携帯を取り出し、助けを求めることにした。
流石にゼロがミルクやおむつを買いに行くなんて無理だ。
いや、行くこと自体はできるが、そんなゼロ、僕は見たくない。
イメージが崩れるとルルーシュに怒られるのも目に見えている。
枢木スザクはすでに死んだ人間だが、その姿は有名すぎるから変装して買い物という案も却下だし、何より自分が出たらこのルルーシュ(仮)を一人にしてしまう。
こんな時に協力をお願いできる人は。
スザクは迷うこと無くセシルに電話をかけた。
ワンコール、ツーコール。
そこまで鳴った時、スザクはハッとした。


セシルの、ご飯。
無意識にごくりと喉が鳴った。


「陛下、ごはんですよ~」

満面の笑みのセシル。

「ぁ~ぅ~」

お腹が空いているルルーシュ(仮)は大喜びでセシルを迎える。
だが、その笑顔は一瞬で凍りつく。
なぜならセシルの手にある哺乳瓶の中は謎の緑色の液体が満たされていたから。

「今日はミルクに青汁を混ぜてみたんです。体にいいんですよ?隠し味にはゴーヤと・・・」

にこやかな、邪気のない笑みでセシルは、いやだ、飲みたくないと逃げようとするルルーシュ(仮)に・・・


「だっ駄目だ!!」

スザクは慌てて電話を切った。
あまりにも恐ろしい想像に、思わずぜえぜえと肩で息をし、全身に脂汗が浮かんだ。
まさか赤ん坊のミルクにまで妙なものを入れることはないと信じたいが、だが相手はセシルだ。何をされるかわからない以上却下だ。
食事面以外では間違いなく頼りになるだろうが、赤ん坊に一番重要な食事がアウトすぎる。
じゃあ誰だろう。

「・・・セシルさん以外で頼れる人・・・」

赤ん坊の世話も完璧にこなせて、尚且つゼロのことも知っている人物。
となるとゼロレク関係者か。
C.C.は却下だ。
あんな女性に任せたらルルーシュ(仮)が死んでしまう。
いや、ああ見えて数百年生きているというから、大丈夫かもしれない。
でも、ルルーシュを連れ去りそうだし、生前のルルーシュにべったりだったし、なんとなく彼女には任せたくない。ルルーシュ(仮)は僕のだ。
ロイドも却下。
ぜったいこの羽根に興味を持ってこっそり検査という名の実験をするに違いない。
全力で世話をするならジェレミアだが、農園で忙しいだろうし、何より連れて行かれたら僕が会えなくなるから除外。
悪いけどこのルルーシュ(仮)を手放すという選択肢は僕にはない。
絶対にここで一緒に暮らすんだ!

「しゅぁぅ~しゃぉこ、しゃぉこ」
「ん?何?・・・しゃ?あ、咲世子さんか!流石ルルーシュ!」

褒められたことでルルーシュ(仮)は「だろう?もっと褒めていいんだぞ!」と言いたげに自信満々な笑顔を向けていた。
ああ可愛い、ほんとかわいいよ君は。
うんうん、咲世子さんがいい。
これ以上の適任は居ないと、スザクは急ぎ咲世子に連絡をした。

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